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全厚労の歴史

全厚労の歴史(略歴)

1954年(昭和29)5月 北日本厚生連従業員組合(北海道、青森、秋田、宮城、岩手、山形、福島、新潟)から全日本厚生連従組結成大会の招請状が結成準備委員長(秋厚従組執行委員長・松本健五郎氏)名で全国的に呼びかけられる。
1954(昭和29) 6月 全日本厚生連従組結成(第1回大会・秋田)
             *参加県:北海道、青森、秋田、宮城、新潟、長野
1954(昭和29) 11月 第2回大会(長野)
             *参加県:北海道、青森、秋田、山形、福島、宮城、新潟、栃木(郡連)、富山、長野
1957(昭和32) 8月 全医労・全日赤・厚生連従組・新潟医労協などが「日本医療労働組合連絡協議会(日本医労協)を結成
1960(昭和35)    全国各地で「病院スト」、安保闘争広がる
1961(昭和36)    国民皆保険制度発足。
1965(昭和40) 5月 全医労で「夜勤月8日、一人夜勤禁止」等の人事院判定
1968(昭和43)    新潟県職労で「夜勤月8日制」協定化、新厚労も夜勤協定獲得
1974(昭和49)    三重の加盟で18県1万3千名の組織へ
1975(昭和50) 3月 全厚連と初の団体交渉を行う
          4月 新厚労が4波・15時間のストライキを決行
1976(昭和51) 8月 秋田にて第1回青年交流集会・キャンプを行う
          11月 5日全国324病院で「医療改善スト」、新潟・長野が参加
             77春闘 平均12,718円賃上げ(ベア9,659円、8.76%)
             埼玉が加盟し、19県1万6千名を突破
1978(昭和53)    第1回婦人集会を開催
             山口が加盟し、20県1万7600名へ
1979(昭和54) 5月 「健保改悪阻止、5・17全厚労中央決起集会」に14県が参加。医療労働会館に組合員150名が宿泊
1981(昭和56) 4月 全厚労初の統一ストライキ13県76病院1万6千人が行動。
1982(昭和57)    「核兵器廃絶と軍縮をすすめる82年平和のための東京行動」参加。
1983(昭和58) 11月 第1回医療研究集会を静岡・湯河原で「協同組合医療運動の復興」をテーマに開催、216名が参加。
1984(昭和59) 4月 医療・社会保障改悪への産別ストへ参加。
          10月 全厚労第1回労働学校を開催。
1986(昭和61) 9月 第34回定期大会・高知 協議体から「連合体化」を決定。
1987(昭和62) 7月 日本医労協が「連合体」移行し、日本医労連へ
          9月 第1回幹部・看護師集会を新潟で開催、124名が参加。
1988(昭和63) 1月 連合体後、初の中央委員会開催、「農業と食料、生活と健康を守る春闘」を展開。
          7月 第1回青年活動者学習交流集会を開催。
1989(平成1) 7月 日本医労連が「看護婦闘争」宣言、ナースウェーブが始まる。
          11月 「全国労働組合総連合(全労連)」が結成される。
1990(平成2) 5月 24 ナースウェーブ中央行動に参加、全体では3150人。
1991(平成3) 5月 婦人委員会で6~7月を「婦人の権利を考える月間」に設定。
1992(平成4) 1月 看護委員会で、「夜勤協定化マニュアル」をまとめる。
1993(平成5) 4月 医療の実態を訴える白衣デモが全国に広がり、11県で実施。
1994(平成6) 4月 白衣デモが14県に広がる。22県2万5千名を突破。
1998(平成10) 5月 ナースウェーブ10年目に中央集会(5000名参加)
1999(平成11) 10月 第13回幹部・看護婦集会 12年間で、22組織中20組織で「夜勤協定」を獲得。
2000(平成12) 7月 青年企画「K’s station 星降る高原に集う」を開催。
          7月 第23回女性集会 婦人集会から女性集会へ名称変更。
          11月 反「合理化」対策会議を開催。
2001(平成13) 3月 病院薬剤師定員問題に関する全国代表者会議を開催、厚生省との交渉を行う。
2002(平成14)    STOP!有事法制 全国集会行われ、参加。
2003(平成15) 11月 文部科学省・厚生労働省と交渉、文科省は初。
2004(平成16) 3月 外来・手術室・透析室看護師集会を静岡で開催。
          10月 新潟・中越地震が発生、震度6で厚生連病院も被災。
2005(平成17) 1月 春闘討論集会 災害マニュアル作成・人員体制が課題へ。
          11月 臨床検査技師、放射線技師、透析の看護師と臨床工学技師の人員配置基準試案を厚労省へ。
2006(平成18) 6月 50周年企画でスエーデン、デンマークへ医療・福祉視察。
          10月 医師・看護師増やせ中央集会に5300人(全厚労283名)
2007(平成19) 7月 新潟・中越沖地震が発生、刈羽総合病院が被災。
2008(平成20) 12月 島根・石西厚生連が突然の「破産宣告」、栃木・塩谷総合病院の移譲先を決定。
2009(平成21) 4月 新・日本医療労働会館が竣工。
2010(平成22) 2月 ドイツ・オーストリアへの医療視察ツアーを開催。
2011(平成23) 3月 東日本大震災発生、東電・福島第一原発事故で、双葉厚生病院が機能停止へ 組織人員が3万人を突破。
2015(平成27) 9月 第63回定期大会 茨城 結成60周年を迎える。
2016(平成28) 4月 埼玉厚生連の解散方針により、久喜総合病院が「一般社団法人 巨樹の会」に譲渡され「新久喜総合病院」へ。労働組合は埼厚労として存続。
          5月 熊谷総合病院も民間譲渡され、「医療法人 熊谷総合病院」へ。同年9月、埼厚労熊谷支部を承継し、「熊谷総合病院労働組合」を立ち上げる。
          12月 茨城 年末一時金0.5ヶ月の回答と退職金積立の3年間凍結の同時提案に対し、24年ぶりに800名が参加し半日ストライキを断行。
2017(平成29) 9月 第65回定期大会での規約改正で、埼厚労、熊総労が正式に加盟継続となる。







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