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(写真上から)①原爆ドーム前での説明、②長崎での産別交流会・学習会、③8月9日、長崎爆心地公園にて、④集会での青年や子どもたち、⑤閉会集会・海外代表たちと
◆ 2015.08.20

核も〝戦争〟もダメ!! -原水爆禁止世界大会in広島・長崎で決意


 戦後・被爆70周年となる今年、原水爆禁止世界大会は広島から長崎へと連続した企画で開催されました。全厚労は長崎大会をメインに8月6日には広島でオプション企画を行い、全体で15県60名が参加しました。

 8 月6日、広島でのオプション企画には6県14名が参加。被団協の大中伸一さん(元全日赤・広島県医労連専従)をガイドに原爆ドームから元安橋、原爆の子の像、平和の鐘など、平和公園周辺の遺跡をめぐって、その背景や由来などを詳しく話してもらいました。特に父親から聞いたという被爆当時の惨状は、原爆投下後、広島市北部から勤務地の呉に着くまで、記憶がすっぽり抜け落ちていたと聞き、想像を絶する悲惨さではなかったかと思う、と語られました。得意のジョークを交えた案内を終えた一行は、原爆資料館の見学の後、夕暮れが訪れる中で、思い思いの言葉を書いて「灯籠流し」を行いました。

被爆者と認定されない多くの人々
 8月8日、参加者は分科会や碑巡りに分かれ、夕方に産別交流会に合流しました。懇親会に先立つ学習会では、爆心地からの距離によって被爆者か「被爆体験者」に分けられ、その後の治療や補償にも差別されている実態が山本誠一さん(長崎被爆地域拡大協議会事務局長)と松延英治さん(長崎民医連)の調査から報告されました。
 8月9日、長崎での原爆投下の日、参加者は爆心地公園に集合し、原爆落下中心碑の前で記念撮影を行った後、持ち寄った折り鶴を奉納しました。その後は各自、自由行動としましたが、多くの人が平和祈念式典を一目見ようと平和公園に向かいました。特に3日前の広島での祈念式典で安倍首相が「非核三原則」に触れなかったことから、安倍首相がどういうあいさつをするのかも関心のあるところでした。

かけ離れた被爆者・国民の思いと安保法案
 今年の式典はいつもと違って人出の多さと、警戒・警備が厳重で、式典会場に入りきれない人たちが、制限線の周りに溢れかえっていました。田上富久市長の平和宣言で、「日本国憲法における平和の理念は、辛く厳しい経験と戦争の反省のなかから生まれた。戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点」と訴えると会場から大きな拍手が起こりました。
 また被爆者代表で「平和の誓い」を述べた谷口稜曄(すみてる)さんは、16歳で郵便配達中に被爆し、背中のやけどのため1年9ヶ月の間、うつぶせで死の淵をさまよいました。(原爆写真で有名な、背中の真っ赤なやけどの少年の方です)。彼の胸は床ずれで骨まで腐り、肋骨の間から心臓が動くのが見えるそうです。
 谷口さんが、「戦争につながる安保法案は、被爆者をはじめ、平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。」と述べたその時、会場から割れんばかりの拍手が長く続きました。
 「核被害も戦争も、二度と起こしてはならない」と決意させる今年の夏でした。

参加者の感想

○まず、人の多さに圧倒された。世界各国含め、全国から原水爆廃絶という目的で多くの人が集まったことに勇気付けられた。また日本だけでなく他国の人からスピーチを頂いたりと意識の高さに驚いた。(秋田)

○原爆に対する被爆者の声や、原爆廃止に向けた活動、強い思いを歌にした合唱を聞き、原爆への認識を深めることができました。(長野)

○原爆証言と歌のコラボがジーンときました。(広島)

○昨年、広島に参加しました。平和に対する思いはどちらも、だれでも同じでした。誰でも同じはずなのにその思いを不安にするような法案はあまり気が乗りません。みんなの思いがどうすれば伝わるでしょうか?と考える集会でした。(ベネズエラ大使夫人の)オペラ演奏よかったです。(長野)

○今回参加して、広島も長崎も投下の日にこどもたちが学校に登校していることを始めて知りました。今まで知らなくて自分が恥ずかしいです。でもそれはその県だけで行うことなのでしょうか。他のところでも知る機会を持っていかないと語りつぐ人が減り風化していくかもしれないことを怖く思いました。(香川)

○被爆者の方の生の声を聞く機会はこれから先限られてくるので、今回戦後70年の月日を経て話してくださったYさんに感謝です。「人間の生命力、どこにあるのかわかりません」という言葉がとても印象に残りました。また同じ集会に参加された人の素直な意見も聞けて、とても勉強になりました。もう二度と戦争を起こしてはいけない。話し合うなどの努力をし、平和な世界を作ることが大切だと強く思いました。(徳島)

○被爆70年の今年、国会ではまさかの戦争法案が国政の大多数が反対の声を上げるなかで審議がすすめられている。広島での首相の心のこもっていない、非核三原則にもふれないコトバに対しても、現状を決して許さない私たちの決意を示す上でも、この世界大会は両会場で成功させたいと思って参加しました。そんな同じ思いの方達が全国から世界中から集い、そのひとりとして参加できたことをありがたく思います。同上市長の「広島・長崎からだけの訴えでは大きな流れをつくれない。それぞれの街から平和の種をまき、育て、世界へ広げていくことが大切」というメッセージをしっかり受け止め自分の地域でも行動していきたいと思います。(茨城)




     
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